多くの御客様に楽しんで頂いていた料理の一つが
豆豉(トウチ)を使った黒豆料理でした。

豆豉 については歴史や製法について数多くの文献を調べましたので、
折角ですから披露しておきます。

豆豉 は大豆発酵食品の一つで、
様々な史書、例えば中国戦国時代の楚の詩集である「楚辞」の「招魂」の「 大苦鹹酸辛甘行些 」という記載や明時代の「物原」にある「 秦苦李作鼓 」、「史記」にある豆豉の大規模な製造が盛んに行われていた記載などから、 豆豉 は紀元前400~200年頃の戦国~漢時代には利用されていたと考えられています。また蘇東坡の詩歌にも豆豉は出て来ていて、多くの人々に利用されていたのが分かると言われています。
湖南省にある紀元前200年頃の墳墓である馬王堆漢墓の出土した副葬品のなかには豆豉があり、これが現存する最古のものとされています。

豆豉の製法は今も昔もそれほど変わっておらず、また、さまざまな地方に広がって発展しました。
中国各地ご当地納豆のようなかたちでご当地豆豉が存在していますし、日本の浜納豆や大徳寺納豆として有名な寺納豆は製法も味も非常に似ています。タイのトゥアナオやネパール・ブータン・アッサムのキネマ、インドネシアのテンペやタウチョ、韓国のチョンクッジャンやカンジャンも製法からは豆豉が伝播したものと考えられています。

唐の玄宗の時代(753年)に 鑑真が豆豉30石を船に積んで 渡来したという記録があり、これはつまり日本においては仏教の伝来とともに広まったとも言える事になります。
鎌倉時代の僧覚心が日本に持ち帰った 径山寺豆豉(金山寺味噌)の製法が醤油のはじまりと言われていますし、韓国のカンジャンは 甘露醤油として日本に伝わり、 現在の再仕込醤油の原型となっていると言われています。
このように日本にも縁の深い食品であると考えらえれています。

参考文献
中国の発酵食品(幸書房)
発酵と醸造Ⅲ(光琳)
中国大豆栽培史(農文協)ほか